頑張る40代!

いろんなことに悩む暇があったら、さっさとネタにしてしまおう。

2006年05月

以前から「音声ブログ」というのが気になっている。
まあ、ぼくは『ショートホープブルース♪』という、一種の音声ブログをやっているわけだが、あれはあくまでも歌である。
そうではなくて、日記やエッセイを声に出してやってみるということだ。
ところが、ぼくがそれをやった場合、わりと低い声だし、かといって魅力ある声というわけでもない。
そのため、聞き映えのしない、つまらないものになると思われる。
もし、それでもやろうとするなら、単なる朗読ではだめだということになる。
しゃべりかたを変えてみるとか、方言を入れてみるとかして、特徴あるものにしなければならないだろう。

例えば、『モリタ君』をやる場合、モリタ君の声を真似てやらないと雰囲気が出ない。
だが、モリタ君を知らない人が聞くわけだから、それでは白けてしまう。
そこで、解説やらアドリブやらを入れてやることになるだろうが、それが難しい。
普段なら何でもないのだが、いざ録音するとなると、どうしても構えてしまう。
そのため声に力みが出てしまい、微妙な言い回しが出来なくなるのだ。
そうなると、伝えたいものが伝わらなくなる。

これまで、そういうことを考えていたので出来なかったのだ。
しかし、「音声ブログ」というものがある以上、やってみたい。
ということで、これから試行錯誤しながらもやってみることにする。
やってみると面白いものかもしれないし、そこで新たな表現法が見つかるかもしれない。


前に触れておいたが、例の酔っ払いのおいちゃんはやはり死んでいたらしい。
死因は凍死だったという。
内心肝臓をやられて死んだと思っていただけに、肩すかしを食らった感じである。
やはり酒飲みは酒飲みらしく、最後は肝硬変か肝臓ガンで花を飾ってもらいたかった。

しかし散々人に迷惑をかけておいて、何の挨拶もないというのは失礼だろう。
迷惑をかけた人すべてに、一言わびを入れて死ぬべきではないのか。
ぼくも寝小便の後始末を何度もやってやったのだ。
幽霊でも何でもいいから、手みやげ提げて、一言わびに来い!


昨日、二軍戦の試合が終わってから、ラーメンを食べに行こうということになった。
どこに行こうかとオナカ君と二、三ピックアップしたが、「せっかくここまできたんだから」ということで、球場の近くにある『東洋軒』に行くことにした。
その店は、「ラーメンのおいしい店」としていつも名前が挙がる店である。

ぼくもラーメンに凝っていた十数年前に、何度か昼食で利用したことがある。
当時市内にあまりなかった『久留米ラーメン』というのがウリだったと思う。
なるほどこってりした豚骨スープだったが、そのわりにあっさりした味だった。

ということで十数年ぶりの『東洋軒』だった。
当時と変わらずお客さんは多かった。
さすがラーメン通をうならせる店である。
味は相変わらずで、おいしいラーメンだった。
が、すでにチャンポンの洗礼を受けているぼくは、物足りなさを感じていた。
それは甘みである。
チャンポンのスープは、その具である野菜のエキスがスープに染み渡っているため、微妙に甘いのだ。
それがチャンポンのうまみに繋がっているというわけだ。

帰り道ぼくはオナカ君に言った。
「おれはやっぱりチャンポンのほうが好きやの」
「そうか。ああそういえば、この間、『響』のチャンポン食いに行ったぞ」
「あそこおいしいやろ」
「おう。かなりおいしかった。普通チェーン店であの味は出せんやろう」
そういう話をしているうちに、ぼくは無性にチャンポンを食べたくなった。

そこで今日、オナカ君との会話に出た『響』に行ってきたのだった。
最高だった。

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上の写真は北九州市民球場で、バックスクリーン方向から撮ったものである。
実は今日、友人のオナカ君とホークスvs巨人の2軍戦を見に行ったのだ。

2軍戦を見に行くのは、今日で3度目である。
初めて行ったのは福岡市にある雁ノ巣球場で、対阪神戦だった。
まだ現役だった亀山が2軍落ちしていた頃で、阪神ファンの友だちと見に行ったのだ。
掛布2世と呼ばれた萩原や、現在西武にいる平尾もその時来ていた。

二度目はお隣の中間球場だった。
相手チームは忘れた。
印象深かったのは、のちにヤクルトに移籍した広永が、ベンチ横でタバコを吸っていたのを見たことだった。
現役の野球選手がタバコを吸っているのを見たのは、それが初めてだった。
それまでは、タバコを吸うと練習がきつくなるから、「きっと吸わないだろう」と思っていたのだ。
あ、そういえば、高校の頃に野球部に所属していた友人のオナカ君は、その頃『チェリー・オナカ』と呼ばれていたなあ。
野球をする人は人一倍肺が強いのだろうか?

さて、試合のほうだが、8回まで「6-0」とホークスがリードしていたから、先発の高橋秀に最後まで投げさせるものとばかり思っていたら、9回表頭から昨年4月まで守護神であった三瀬に変わった。
ここで大きな拍手が起こる。
が、三瀬は二軍でも不調で、2ランホームランを打たれてしまい、降板。
どうも昨年の阪神戦で金本に死球を与えて以来、三瀬はおかしくなっている。
この状態のままだと、来期は戦力外になってしまうだろう。
どうにか立ち直ってもらいたいものだ。
ということで、締めくくったのは、阪神との日本シリーズで活躍した岡本だった。

結局試合は「6-2」で、ソフトバンクホークスが制したのだった。
試合が終わってしばらくして、一軍戦(対中日)の試合結果が入ってきた。
こちらは「1-9」というふがいない結果に終わったようだ。
「二軍を見習え!」と言いたい。

ところで、ホークスの試合に行くと、入場時にお楽しみ抽選券みたいなのを配っている。
当たるとグッズなどをもらえるようになっているのだ。
ぼくはあまり興味はなかったのだが、オナカ君は興味があったようで、試合後、足早に当たりの確認に行っていた。
が、1番違いでハズレだった。
「1番違いか。ということは…」とぼくの番号を見てみると、思った通りその番号だった。
当たったのは、原監督の刺繍入りバスタオルである。
賞品をもらいに行ったら、係員から「おめでとうございます」と言われた。
が、原監督のグッズをもらっても、別におめでたくないので、そのバスタオルはオナカ君にあげることにした。
オナカ君は「おれは原のファンではなかった」と言いながらも、渋々バスタオルを受けとった。
とはいうものの、オナカ君は大の巨人ファンである。
ぼくの前で強がっただけで、実は心の中で大喜びしていたのかもしれない
次に家に遊びに行った時、額に入れて飾ってあったりして。

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(1)
今年の5月は、例年に比べて雨の日が多い。
とにかく二日続けて、終日「晴」ということがないのだ。
テレビでも、こういうことは珍しいと言っていた。
気温もなかなか定まらず、午前中20度を超えていた気温が、午後2時には17度まで下がった、ということが何度かあった。

なぜそうなるのか、ぼくにはわからない。
が、そういう日は決まって風が強いのだ。
例えば午前中に生暖かい風が吹いていたと思ったら、午後から冷たい風が吹いている。
これがいつものことなのか、どうなのかはわからない。
なぜなら、25年間、ずっと室内ばかりで働いていたので、外のことを知らないからだ。

(2)
さて、この日記が遅れた理由だが、実は職務経歴書を作っていたのだ。
いよいよ退社する決心がつき、次の就職活動を開始したわけだ。
しかしこの職務経歴書、書いてみると、平凡な人生を送ってきたのがよくわかる。
なぜなら、ずっと家電だけを販売してきただけだからだ。

そのため、実に書くことが少ない。
異動や昇進を書く欄があるのだが、そう大して異動したわけでもないし、昇進だって主任止まりだ。
つまりサラリーマン的には、大した男ではないということになる。
こんなつまらん男を雇ってくれるところなんてあるのだろうか?

と、5月の風は、ぼくに不安を投げかける。
やはり独立しかないんかなあ…。


さて、昨日の続きである。
カラオケを出たあとのこと。
まだ交通機関の最終に間に合うのではないかと、駅やバスターミナルをうろうろしていると、そこに髪を金や茶に染めた若い兄ちゃんたちがたむろしていた。
地べたに座り込み、酒か何かを飲みながら騒いでいる。

ちょうどぼくがその前を通りかかった時だった。
その中にいた一人の男が、急に大声で「カッコいいー」と叫んだ。
『何がカッコいいんだろう』と思っていると、その男は「おれもああいう頭になりてー」と言った。
周りを見回したが、誰もいない。
ということは、「ああいう頭」というのは、ぼくの頭のことらしい。

「あんな銀色がいい」とその男が言うと、その男の友だちが「あれ、白髪やろ」と言う。
「白髪やけど…。あんな自然な白髪がいいー」

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こんな頭のどこがカッコいいのだろうか?
ただ、そう言われたことに対しては悪い気はしない。


昨日、久しぶりに黒崎で飲んだ。
黒崎は地元だから、時間を気にせずゆっくりと飲むことができる。
慣れた場所だから地理にも詳しいし、ある程度店も把握できている。
また、家から3キロも離れていないので、タクシーで帰っても千円ちょっとです
む。
やはり飲むなら黒崎である。

と思っていたのは、数年前までだった。
最近は黒崎で飲むと、なぜか気にしないはずの時間を気にするようになっている。
以前なら2時3時は平気で、時には飲み屋で一夜を明かしたこともあった。
ところが、最近は11時を過ぎると気が焦ってしまう。
もちろん、すでに若くないので、体力が続かないというのもあるのだが、それが一番の理由というわけではない。
なぜなら、家からだと、黒崎とほとんど同じ距離にある折尾で飲む時は、まったく時間を気にしないのだからだ。

では、何が一番の理由かというと、交通機関である。
黒崎はJRや私鉄、バスといった公共の交通機関がすべて揃っている。
そのため、どうしてもその交通機関を使わないと損したような気になるのだ。
その交通機関の最終が、どれも11時台というわけだ。

ところが、先の折尾の場合だと、帰るのはタクシーと決めてあるのだ。
私鉄は走ってないものの、そこにはちゃんとJRの駅があり、バスもある。
が、そういうものを利用したいとは思わない。
なぜそうなのか、ぼくにはわからない。
同じ郵便番号だからとか、同じ電話の局番だからとかからくるものかもしれない。
タクシー代が黒崎に比べると、100円ほど安くすむせいかもしれない。

案の定、昨日も11時を過ぎるとソワソワしだした。
しかし、普段乗り慣れてないため、JRやバスが何時にあるのかまったくわからない。
実はその時間はカラオケボックスにいたのだが、とても歌をうたっている気分にはなれなかった。

結局カラオケを出たのは11時50分頃で、その頃にはもはやバスはなかった。
かろうじてJRの最終はあったものの、駅から15分かけて歩いて帰るのはまっぴらだ。
ということで、タクシーを利用して帰ったのだった。


再び夢の話である。
時代はぼくが学生の頃だったと思う。
夢はその時代の風景を映していた。
その頃、ぼくの部屋の前には、高さが10メートルにも満たない小さな山があった。
ぼくが小学生の頃に、よく遊んだ山だ。
まだ高い建物が少なかった時代で、山の上からは若戸大橋が見えていたものだ。
その山の上には防空壕跡があった。
よく他の地区に住んでいる奴らが、ローソク片手に探索に来ていた。

その山の上に2階建てのアパートが建っていたのだが、見晴らしがいいこともあって、ぼくはいつもそのアパートに住みたいと思っていた。
夢はそのアパートを、その頃のままに映していた。
ブロック建てで、少し汚れたクリーム色をしていた。

さて、夢の話である。
ある日のこと、ぼくがそのアパートを眺めていると、周りの木々がえらく揺れている。
「今日は風が強いなあ」と思って見ていると、徐々に風は強くなっていき、そのうちアパートを揺らしだした。
時間を追うごとに揺れはひどくなった。
そしてぼくが「もしかしたら」と思った瞬間だった。
バシッと言う音とともに、2階部分が切り離されて、飛ばされてしまった。
そして、そのままうちの2軒先の家に突き刺さった。

あたりは騒然となった。
ぼくも家を飛び出して、現場を見に行った。
そして「住んでいる人はどうなったのだろう」などと思っている時に、目が覚めたのだった。

目が覚めても、そのことがなかなか離れようとしない。
「もしかして、あの夢は何かを暗示しているのではないだろうか」と思ったぼくは、さっそく夢占いのサイトを調べてみた。

まず、『家が壊れる』で調べてみると、「心身の疲労、失敗、家庭崩壊の予感」わ暗示している、とあった。
次に『強風』で調べてみた。
「基礎体力の低下」を暗示する、とあった。
「うーん…」
疲労や体力の低下は、今の仕事ではまず考えられない。
やればやるだけ体力がつき、健康になっているのだから。
失敗…、別に失敗しても咎められるような部署でももないし。

ということは、家庭の崩壊か。
楽しみである。


一昨日のことだが、目が覚める直前の夢に、大月祥馬という名前が出てきた。
どこかで聞いたか見たかしたことがある名前なのだが、どこで聞いたのかどこで
見たのかを思い出せない。
大月祥馬というのは、えらく侍くさい名前である。
ということで、目を覚ましてから、歴史上の人物の名前を当たってみた。
だが、そういう名前は出てこない。

「もしかして」と思い、古いノートをめくってみた。
昔、小説まがいのものを書いていたことがあるのだ。
その時の登場人物の名前か、と思ったである。
が、大月祥馬などという名前はどこにもなかった。

さて、そうなると、大月祥馬が気になってならない。
古い時代の記憶なのか、最近の記憶なのかも定かではない。
しかし、その名前を探そうにも、どこを探していいのかがわからない。

「ここでわかるわけないとは思うけど…」と思いながら最後に当たってみたのが、インターネットでの検索だった。
ところがである。
何とあるではないか。
大月祥馬、それは手塚治虫の『シュマリ』というマンガの登場人物の一人であった。
『シュマリ』とは明治期、混乱の北海道を生き抜いた快男児の話で、ぼくはそれを読んでその生き方に憧れたものだった。
それにあやかって、ハンドルネームに使用したこともあるのだ。

で、大月祥馬というのがどういう男なのかというと、シュマリの妻を奪って北海道に逃げたヤツである。
シュマリはそれを追いかけて、北海道に来たわけだ。
何がともあれ、大月祥馬というのは悪い男なのだ。
いくらシュマリに非があろうとも、人妻を奪ったのだから。

ところで、ぼくに夢に、何でこういう悪い男の名前が出てきたのだろうか。
もしかして、ぼくの潜在意識の中に、人妻に対する憧れでもあるのだろうか?
…うーん、それは考えられない。
今ぼくは、将来のこととブログで手一杯だからである。
毎日毎日、会社を辞めたいとか、今日のネタとか考えている男のどこに人妻の入り込む隙があるだろうか。

ということは、嫁ブーのほうか。
嫁ブーに忍び寄る男の影。
…うーん、これも考えにくい。
仮に嫁ブーに手を出したら、大変なことになりますよ。
何せ、料理が出来ないんだから。(笑)

案外、大月祥馬という名前は、何となくカッコいい名前ということで、ぼくの潜在意識の中に記憶されていただけなのかもしれない。
姓名判断でも、いい名前のようだし。
まさか、守護霊が「ハンドルネームをこれにしろ」と言っているのだろうか?
嫌である。


歯医者に行ってきた。
今日で終わりかと思っていたら、あと一回来てくれということだった。

今日何をやったのかというと、歯に歯石のたまりにくい薬を塗布したのだった。
いや、塗布というより、吹き付けたと言ったほうがいいか。
とにかくジェット噴射してくれるもんだから、痛くて痛くてたまらなかった。
歯だけなら痛くもなかったのだろうが、歯茎にもそれを吹き付けるのだ。
当然歯茎は歯よりも強くないから、ジェット噴射のせいで切れてしまうのだ。
おかげで、うがいするたびに血が出ていた。

で、何であと一回行かなければならないかだが、実は今日やったのは下の歯だけなのだ。
あと一回は上の歯をするらしい。
ということは、あと一回その痛みと出血に耐えなければならないのか。
もう勘弁して欲しい。


平成16年9月の資料で見ると、八幡東区の全人口に対する65歳以上のお年寄りの割合は27.6%になっている。
全人口が7万6千人ということだから、お年寄りの数は2万1千人ということになる。
若い人でさえ疲れるきつい坂や階段の上に、2万1千人のお年寄りが息を切らして生活しているということになる。

別に歩かなくても、車を使えばいいじゃないか、と思われるかもしれない。
しかし、お年寄りの住んでいるところは、決まって道が狭いのだ。
車一台がやっと通れるところや、車でさえ通れない道も数多くある。
ということで、坂道が社会問題になった背景には、もしかしたら車の普及というのもあるのかもしれない。
つまり、車を買っても、車の入れない地区に住んでいる人は、家に車庫を持てないわけだし、仮に車庫を借りるとしても、家から遠く離れた場所にしか借りることが出来ないので、坂道や階段からは逃れられないということになる。
もしかしたら、そういう事情がわかってから、初めて『不便』というものに気づいたのではないのだろうか。

文明は人にいろいろな便利を与えてくれたが、それによって発生した不便もあるということだ。
その一つがこの坂道と車の因果関係である。

さて、それに関連して見逃せないことがある。
それは家電製品の普及である。
昔に比べて、家電製品は図体のでかいものが増えている。
テレビ、冷蔵庫、全自動洗濯機などなどである。
そういう機械は、図体に比例して、とにかく重い。
中には人の体重よりも重い物もある。
ということで、急坂や階段のあるところに住む人は、買うことを躊躇するのかというと、そうではない。
そういうところに住んでいる人は、けっこうそういう物を好んで買う傾向があるのだ。
経験上それがわかる。

とにかく、配達人泣かせなのだ。
重たい商品を抱えて、「ヒーヒー」と息を切らしながら長い急坂を登り、ようやく登り詰めたと思ったら今度は階段が始まる。
階段も2段3段ではない。
2,30段はざらで、中には100段近い階段もある。
そこを登る頃には、すでに手の感覚は麻痺し、膝は笑ってしまっている状態である。
どうにかこうにかそれを納め、ホッと一息をつく間もなく、今度は古い機械の引き取りである。
何十段もある階段を下り、長い急坂を下りていなかければならない。

ここでようやく5月18日に、なぜまともな更新が出来なかったという理由になる。
実はその日、宅配業務をさせられたのだ。
内容は上に書いているとおりで、家電製品ではなかったものの、けっこう図体のでかい商品を、「ヒーヒー」言いながら運んだのだった。

その際に軽トラで登った坂道は、半端ではなかった。
まるでジェットコースターの登りにも似ていた。
ギアもセコでは後ずさりしてしまうので、ローで登らなければならない。
そして、結局行き詰まっとところに段があり、そこからさらに急な坂道を登らなければならなかった。
そして階段。
また坂道、そしてまた階段。
これで一気に体力を消耗してしまったわけだ。
家に帰ってからも疲れは取れず、結局飯を食ったあと、何も出来ないまま眠ってしまったというわけだ。

八幡は坂の町である。
その町で生活するには、必要以上に体力を消耗してしまう。
これが八幡に生まれた者の宿命なのだ。


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