頑張る40代!

いろんなことに悩む暇があったら、さっさとネタにしてしまおう。

カテゴリ: 酔っ払いブギ

前に触れておいたが、例の酔っ払いのおいちゃんはやはり死んでいたらしい。
死因は凍死だったという。
内心肝臓をやられて死んだと思っていただけに、肩すかしを食らった感じである。
やはり酒飲みは酒飲みらしく、最後は肝硬変か肝臓ガンで花を飾ってもらいたかった。

しかし散々人に迷惑をかけておいて、何の挨拶もないというのは失礼だろう。
迷惑をかけた人すべてに、一言わびを入れて死ぬべきではないのか。
ぼくも寝小便の後始末を何度もやってやったのだ。
幽霊でも何でもいいから、手みやげ提げて、一言わびに来い!


この春の転勤で、今の勤務地を離れることになるのだが、その前に一度書いておきたい人物がいる。
それは、この日記をつけ始めた頃に頻繁に登場していた、酔っ払いのおいちゃんである。
一昨年の12月29日を最後に、おいちゃんはこの日記に登場してない。

まあ、その日の日記を読めばわかることだが、その前日においちゃんはゴミ収集所に火を付けて逮捕されている。
だから今は刑務所にいるのかというと、そうではないらしい。
それから1,2ヶ月して、おいちゃんはひょっこりと店に現れたとのことだった。
珍しくしらふで、色つやのいい肌をしていたという。
だが、一回だけだった。
その後、街中を自転車に乗って大声を張り上げながら駆け抜けて行ったとか、川べりで大の字になって寝ていたとかいう何人かの目撃談を聞いたのだが、店には現れていない。

ということで、ぼくはおいちゃんのことを忘れかけていた。
ところが、おいちゃんの記憶というのは、そう易々と消えるるものではない。
今年の正月に起きた、下関駅の火事のニュースを見た時のこと。
ぼくは反射的に一昨年の火事のことを思い出し、「もしかして、火を付けたのはあのおいちゃんじゃないか?」と思ったのだった。
だが、犯人の名前はおいちゃんの名前ではなかった。
さすがのおいちゃんも、そこまで行動範囲は広くないということだ。

さて、それからしばらくして、あるパートさんからおいちゃんの最新情報を聞いた。
その情報とは、「おいちゃんが死んだ」だった。
「えっ、死んだと?」
「うん、そうらしいよ」
「この冬は寒かったけ、凍死でもしたんかねえ?」
「さあ?」
それを聞いて、「これでこの町は平和になる」と安堵感を覚えると同時に、一抹の寂しさを感じたものだ。

ところが、今日また新たな情報が入った。
おいちゃんは相変わらず自転車に乗って、大声出して走っていたというものだった。
まさか、幽霊が自転車に乗って走っていたわけではないだろう。
いったいどっちが本当のことなんだろうか?

まあ、とにかく、今の店に移ってきてから、最初は酔っ払いのおいちゃんに、最後はそのおいちゃんの影に振り回されたことになる。
「結局、あのおいちゃんが、この町の思い出になるのか…」
そう思うと、複雑な気持ちになる。


例のごとく、今日の日記は『上京前夜(2)』となるはずだった。
が、ちょっとおもしろいニュースが入ってきたので、今日はそちらのほうを書くことにする。

“「ごみに火を付け逮捕」
27日午後11時20分ごろ、戸畑区夜宮3のごみ集積所から出火し、男が前に座っているのを発見した通行人が110番。
駆けつけた署員が住所不定、無職、H.T容疑者(65)を集積所の案内看板を焼損させた器物損壊容疑で現行犯逮捕した。H容疑者は酒に酔っており、容疑を認めているという。(戸畑署調べ)”
(12月29日付毎日新聞朝刊より)

このH.T容疑者、新聞に載るのは二度目である。
最初に記事になったのは、

“「雨の日のVIP」
雨がシトシトと降る夜は、戸畑署員の不安の日だ。60歳くらいの男性が決まってやって来て、当直員を困らせるからだ。
署員によると男性は日雇い労働者らしい。
だが、最近は仕事がなく戸畑の街を自転車に乗り夜の寝床を探しているという。戸畑署に現れると酔っ払った上に死んだふりをして居座る。そして保護室で朝を迎える。彼にとっては警察署が格好のホテルとなる。
実は、男性は根気が必要な山芋掘りの名人。金が尽きると山で長さ1メートルはある自生の山芋を掘り、料亭と1本1万円で取引する。
「どこか彼の働く場所はないのかな。山芋を掘る根気で頑張ってくれれば」と、署の幹部は雨雲を恨めしそうに見上げている。”
 (2002年6月26日付毎日新聞朝刊より)

ぼくの日記を長く読んでくれている人なら、ピンとくるだろう。
そう、このH.T容疑者とは、ぼくの日記に頻繁に出てくる、『酔っ払いのおいちゃん』のことである。
そして、冒頭の記事は、「酔っ払いおいちゃん、ついに逮捕される」の記事である。
最近とんと顔を見せないと思っていたら、こういうところで活躍していたのだ。
しかし、この日記に登場するのは、どのくらいぶりになるだろうか。
調べてみると今年の2月8日と9日に『酔っぱらいブギ』というタイトルで書いていた。
そこには、うちの男子従業員から外に放り出された、と書いている。
おそらく、それがおいちゃんに関する日記で、一番最近のものだろう。

それはそうと、知らない人がこの記事を見たら、おいちゃんは放火犯だと思うかもしれない。
が、このおいちゃん、そんな大それた犯罪を犯すほどの根性は持っていない。
おいちゃんのことを知る者は、おそらく、「昨日の夜は寒かったので、たまたま居合わせたところでたき火をやったのだろう」と思うことだろう。

もしくは、「おいちゃん一流のパフォーマンスかもしれない」と思うかもしれない。
年末から正月にかけて寒くなるという情報を、どこからで小耳に挟み、「寒くなるんか。じゃあ、警察にでも泊めてもらうか」と思い、何かやってやろうと思ったのかもしれない。
しかし、警察も年末で忙しい。
前回のように「死んだふりをして居座」っても、相手にしてくれないだろう。
そこで、寒さを紛らわせることも考えて、火を付けたのかもしれない。
そしてそれは、逮捕という形で成功したのだ。
これでおいちゃんは、寒い年末年始を、暖かい留置所で過ごせるだろう。

もし、警察が、本当においちゃんに罰を下すつもりなら、さっさと釈放すればいいのだ。
それが、今のおいちゃんには一番効き目があるだろうからだ。


幸い、日が照っていて、それほど寒くはなかったので、「風邪を引くことはないだろう」と思い、いくら起こしても起きないおいちゃんを、しばらくそこに放っておくことにした。

それからしばらくしてから、またおいちゃんの叫ぶ声が、店内から聞こえた。
そこに行ってみると、おいちゃんは店長とやり合っていた。
「出て行ってくれ!」
「何で、出らないけんとか。おれはお客さんぞ」
「人に迷惑かけるような人は、お客さんじゃない!」
そう言って、店長はおいちゃんを引っ張り出そうとした。
しかし、おいちゃんは抵抗する。

おいちゃん、歳はとっていても、毎日芋掘りで鍛えているから、力だけはある。
到底一人の力では、おいちゃんをつまみ出せそうにないので、周りにいたぼくたち従業員が、おいちゃんの手や足を取り、そのまま持ち上げて外に運び出した。
誰かが「放り投げれ」と言った。
それを聞いたおいちゃんは、「投げるな!」と言った。
また誰かが、「このへんにしようか」と言うと、おいちゃんは「いいか、そおっと置け、そおっと」とぼくたちに指示をした。。
酔っぱらってはいるものの、わりと冷静である。
おいちゃんを、そのまま外に置いて、ぼくたちは店の中に入った。

店内に入ると、清掃のおばちゃんたちがブツブツ言っていた。
「どうしたと?」と聴くと、「あのおいちゃん、おしっこをまりかぶっとるんよ(注;おしっこを漏らした、という九州弁。おしっこをしかぶった、とも言う)」と言う。
またである。
昨年も、おいちゃんはこの時期に、店の入口の中で立ち小便をしたり、寝小便をして、ぼくたち従業員を泣かせているのだ。
おいちゃんが来るということは、おいちゃんとの格闘以外にも、おしっことの闘いも覚悟しておかなければならない。

ところでおいちゃんだが、その後むっくりと起き出し、また店内に入ってきた。
何度追い出されても意に介せず、舞い戻ってくるのだ。
まさにゴキブリのようなしぶとさである。


「何か、こらぁ!」
今年もまた、この声が帰ってきた。
酔っぱらいおいちゃんである。
店の改装後、しばらく姿を見せなかったが、寒くなってまた舞い戻ってきた。
あいかわらず、どこで拾ったかわからない自転車に乗ってやって来、隣のスーパーで酒を買い、適当に出来上がったところで大声を上げ騒ぎ出す。

昨日、酔った勢いで、繋いであった犬にちょっかいをかけ、手を噛みつかれたらしい。
その犬の飼い主にさんざん文句を言って、慰謝料1000円を巻き上げたという。
また、銀行のキャッシュディスペンサーで、お金をおろしている女の人に、「こらぁ、いくら出すんか!?」などと凄んでいたという。
結局、店の人間とすったもんだの末、警察に通報されご用となった。

今日も昼からやってきて、大声を上げていた。
ぼくが遠巻きに見ていると、おいちゃんはぼくの姿を見つけ、「おう、大将。昨日も来たんだけど、あんたいつ来ても休みですなあ。わたしゃ、あんたに用があってですなあ…」と言う。
聞けば、携帯テレビの調子が悪いということだった。
おいちゃんは、ぼくが電気売場の人間だということを知っているので、ぼくに逆らうとテレビやラジオの修理などで便宜を図ってもらえないと思ってか、ぼくの前では大人しくしている。
だが、声は大きい。

このままだと、また人に迷惑がかかると思ったぼくは、「おいちゃん、おれ、トイレに行く途中っちゃね。歩きながら話そうや」と言って、外のトイレに向かって歩き出した。
すると、おいちゃんもぼくに付いてくる。
まんまと外に連れだして、「おいちゃんの話はわかったけど、現物を持って来な、どういう状態かわからんやん。今からとっておいで」と、ぼくは言った。
「いや、今日は持って来れんですけ、別の日に持ってきます」
「じゃあ、おれ、トイレに入るけね。おいちゃんも、外は寒いんやけ、早く家に帰り」
そう言って、ぼくはトイレに行く振りをし、別の入口から店内に入った。

しばらくして、外を見てみると、何とおいちゃんは玄関の前で寝ているではないか。
何人かの人が、おいちゃんを見ている。
ぼくは、おいちゃんの寝ているところに行き、「おいちゃん、起きんね。風邪引くよ」とおいちゃんを揺さぶった。
ところがおいちゃんは、起きる気配がまったくない。
それを見ていたお客さんが、ぼくに「酔っぱらってるんですか?」と聴いた。
「ええ、いつもこうなんですよ。深酔いするとあたり構わず寝て、中途半端に酔いが冷めると騒ぎ出す。困ったもんですよ」
それを聴いて、お客さんは笑い出したが、起こすのを手伝ってはくれなかった。


最近口癖になっているのが、「はーい」である。
これを低いだみ声で言うと、酔っぱらいのおいちゃんの物まねになる。
酔っぱらいのおいちゃんは、店長に優しくしてもらっているせいか、調子に乗っている。
大声で怒鳴るだけなら、かわいいほうである。
最近は他のお客さんからタバコをたかったりもするし、ひどい時には店の中で立小便をすることもある。
売場でタバコを吸われて以来、ぼくはおいちゃんに冷たく接するように心がけている。
それを感じたのか、おいちゃんのほうもぼくを避けるようになった。
それでも、おいちゃんの怒鳴り声が聞こえたら、他のお客さんに迷惑がかかるといけないので、素早くおいちゃんのいる場所に駆けつける。
そして、散々文句を言う。
「おいちゃん、店の中で大声出したらいけんち言うたやろ」
「お前に関係なかろうが。コラッ!」
「『コラッ』ちゃ、誰に言いよるんね」
「・・・」
ぼくが睨むと、おいちゃんはすぐに目をそらす。
そして、下を向いて、聞いてないふりをする。
「ここにおりたかったら静かにしとき。わかった?」
「わからん」
「わからん?」
「あ、わかった」
「ここはあんたの家じゃないんやけね。大きい声出すと、他のお客さんがびっくりするやろ?」
「何をっ! わしは若い頃、声を鍛えたんぞ」
「はいはい、そんなに大声が出したかったら、こんな狭いところじゃなくて、洞海湾に行って叫んできたらいいやん」
「何かコラッ!・・・。はーい」
「今度大声を出したら、つまみ出すけね」
「はーい」

その後しばらく様子を見ていると、おいちゃんは独り言を言い出した。
「おれは悪い人間じゃない。お、コラッ。・・・、はーい」
「ブツブツブツブツ。はーい」
一人で言って、一人でうなずいている。
いよいよ頭がおかしくなったのだろうか。

それから、ぼくはおいちゃんに文句を言うたびに、「はーい」と真似してやることにした。
おいちゃんは、きっとなめられていると思っているのだろう。
が、相変わらずぼくの顔を見ない。
顔をよそに向けて、言い返している。
「何で、おればかりに文句を言うか!おれは前科モンぞ、コラッ!」
そこですかさずぼくは「はーい」と言う。
「ふざけんなよ、コラァ!」
「はーい」

先日、ベンチの周りにポテトチップスの食べかすが散らばっていた。
お客さんが「そこ、例のおいちゃんが座ってましたよ」と教えてくれた。
その翌日、おいちゃんがベンチに座ってポテトチップスを食べているのを見つけた。
案の定、周りに食べかすが散らばっている。
「ポテトチップスを食べるなとは言わんけど、もう少しきれいに食べり。昨日おいちゃんの食べかすを掃除したんやけね」
「大将、わたしはですなあ。悪い人間じゃありませんけ」
「悪い人間やないんなら、ちゃんと自分の食べた後始末ぐらい片づけなね」
そう言ってぼくは、売場からホウキとチリトリを持ってきた。
そして、それをおいちゃんに突きつけ、「自分が散らかしたんやけ、ちゃんと自分で片づけり」
おいちゃんは相変わらずぼくの顔を見ず、「はーい」と言うと、ぼくからホウキを取り上げ、そのへんをはわきだした。
「やれば出来るやないね」
「わたしはきれい好きですけ」
「誰がきれい好きなんね」
「・・・。はーい」

今日、店内放送で店長から呼ばれた。
行ってみると、店長は一枚の紙をぼくに渡した。
その紙には、
『酔っぱらいのおじさんから、「山芋を買え」としつこくせまられました。こちらが「いりません」と言うと、大声で怒鳴り出し、子供が泣きだしました。ああいう人は出入り禁止にして下さい。店の人も、もっと強気に対応して下さい』
とお客さんの苦情が書かれていた。
ぼくがそれを見て、「『強気に対応して下さい』と言われても、他のお客さんの建前、言えませんよねえ」と言うと、店長も「そうよねえ。その人はいいかもしれんけど、知らないお客さんには良く映らんとねえ」と言う。
こちらとしては、おいちゃんが他のお客さんに絡み出したら、注意することしかできない。
その際、こちらから「いいかげんにしとけよ。出て行け!」などと言えるわけがない。
注意して言うことを聞かなかったら、後は警察を呼ぶだけだ。

夜、おいちゃんは、いつものようにベンチで寝ていた。
閉店になったので起こしたのだが、なかなか起きようとしない。
仕方なく、おいちゃんを店の外に引きずり出した。
後ろから脇を抱えて引っ張ったため、時々首が絞まったのだろう、「ウェー、何か、ウェー、コラッ、ウェー」とあえぎながら言っていた。
外に出すと、「コラッ!殺すぞ、コラッ!・・」と、一人でわめきだした。
しかし、誰も相手にしなかった。
おいちゃんは、またそこで寝ころんでしまった。
後で店長が、「外は寒いけ、あのままだと死んでしまうやろね。110番しとこ」と言って、電話をかけていた。

帰る時、ぼくはおいちゃんが寝ている横を通って行った。
パトカーが来ていた。
3人の警察官が対応していた。
おいちゃんが動こうとしないので、困っている様子だった。
まさか警察に向かって「殺すぞ、コラッ!」と言ってないとは思うが。


11日のことだった。
その日は忙しく、ぼくは倉庫と売場を行ったり来たりしていた。
夕方、ぼくが倉庫から売場に帰ってくると、例の酔っ払いおいちゃんが座り込んで相撲を見ていた。
いつものことなので、放っておいたのだが、それが間違いだった。
相撲が終わって、おいちゃんはいつものように「ああ、大将すいません。ありがとうございました」と言って帰ろうとした。
「いいえ」と言いながら、ぼくはおいちゃんのいるほうを見た。。
すると、おいちゃんの座っていた場所にタバコの吸殻が落ちているのが見えた。
ぼくが倉庫に行っている隙に、おいちゃんはタバコを吸っていたのだ。
「おいちゃん、ちょっと待ち。あんた、またここでタバコを吸ったね」
「・・・・」
「何回言うたらわかるんね」
「・・・・」
「約束しとったやろ。今度ここでタバコを吸うたら、相撲を見せんち」
「・・・・」
「もう明日から、ここに来たらいけんよ」
おいちゃんは、ぼくが文句を言っている間、子供が叱られている時のように、下を向いて黙ったままだった。
帰り際、おいちゃんは小さな声で「ごめんなさーい」と言った。

これで、おいちゃんもしばらくここには来ないだろう、と思っていたが、甘かった。
翌12日、ぼくは休みだった。
おいちゃんは、ぼくがいないのを見計らって、売場に相撲を見に来た。
そして、またタバコを吸い出した。
売場に女の子しかいないので、文句を言われないだろうと思っていたのだろう。
ところが、うちの女の子は気が強い。
「おいちゃん、タバコ吸ったね」と言うなり、テレビのスイッチを切ってしまった。
おいちゃんはテレビのスイッチの入れ方を知らないらしく、しばらく黙ったままで、そこに座っていた。
たまたま、そこに店長代理がやってきた。
「おいちゃん、どうしたんね?」
「テレビの電源切られた」
「何か悪いことしたんやろ」
「いや、何もしていません」
「テレビが見たいなら、つけてやるけ、おとなしくしときよ」
「はい、わかりました」
結局、おいちゃんは最後まで相撲を見ていたという。

昨日その話を聞いたぼくは、「おれは絶対見せん」と息巻いていた。
おいちゃんもさすがにその空気を察したか、昨日は売場どころか、店の中にも入ってこなかった。

ところが今日、またおいちゃんはノコノコと店の中に入ってきた。
ぼくの売場には近寄らなかったが、ほかの売場に行っては大声を張り上げている。
ぼくが事務所から売場に戻っている時だった。
おいちゃんが前を歩いていた。
いやな予感がした。
そのままぼくの売場に行くのではないだろうか。
ぼくは先回りして、おいちゃんの入場を阻止しようと思った。
が、運悪く、ぼくは他のお客さんに捕まってしまった。
「○○はどこにありますか?」
「ああ、○○はですねえ・・・」
売場に戻るまで、5分ほどの時間を要した。
おそらくおいちゃんは売場に座り込んでいるはずだから、また一戦交えなければならない。
「面倒だなあ」と思いながら、ぼくは売場に戻った。
が、そこにおいちゃんはいなかった。
帰ったか、と思っていると、後ろのほうからおいちゃんの声がした。
「えっ?!」と思って後ろを振り返ると、何とおいちゃんは売場の外から相撲を観戦していたのだ。
売場の外、つまり通路である。
おいちゃんは例のごとく座り込んでいる。
しかし、通路に座り込まれると、他のお客さんが迷惑する。
ぼくは躊躇せず、テレビの電源を切った。
しかし、切られたからといって、ぼくに文句を言うほどの度胸は、おいちゃんにはない。
おいちゃんは「くそー、切られた」と言って、その場を離れた。

閉店まで、おいちゃんは休憩所にいた。
他の人が構ってやるので調子に乗っている。
相変わらず、自慢話をし、誰かが話の腰を折ると、「なめるなよ、きさま」などと言っている。
しかし、ぼくはもうおいちゃんは飽きた。
話をするのも面倒だ。
ぼくが何も言わず、キッと睨むだけで、おいちゃんは目をそらし黙ってしまう。
おいちゃんも、もうぼくの売場に来ることはないだろう。
もし入ってきたら、有無を言わさずつまみ出す。
おいちゃんの小便の始末をしてから、ぼくはおいちゃんに対して、強くなった。
おいちゃんもそれを知っているから、ぼくに頭が上がらないのだろう。
気の小さい子供である。


このところ、毎日のように酔っ払いのおいちゃんが現れる。
今日は昼間から酔っ払って、他のお客さんにからんでいた。
まあ、この間警察に捕まったばかりなので、トラブルを起こすまでは至ってない。
ぼくのいる売場の隣にある、お客さんの休憩所から時折怒号が聞こえてきた。
「コラー、殺すぞ」
しかしいつものようなドスはきいてなかった。
そのうち静かになり、帰ったものとばかり思っていた。
ところが、たまに「コラー、文句あるんか」とか、「せわしいんたい!」などという声がする。
覗いて見ると、おいちゃんは海老のような格好をして寝ている。
休憩所にある団子屋さんに、「また、おいちゃんの怒鳴り声が聞こえたんやけど」と聞いてみると、団子屋さんは「寝言よ、寝言。時々寝たままで何かしゃべりよるんよね」と言った。
「しかし、今日は珍しくおとなしいね」
「うん、そう言われれば、そうやねぇ。来てすぐは、ほかのお客さんに絡みよったけど、いつもの迫力はないねぇ」
「まあ、起きたらまた荒れるやろうけ、何かあったら呼んで」
とぼくは、自分の持ち場に戻った。

それから30分ほどしてだろうか、さっきの団子屋さんが、「しんたさーん」と血相を変えて走ってきた。
「どうしたと?」
「おいちゃんが、おしっこ漏らしとるんよ」
「ええ?! 寝小便したんね」
「うん、床がもうビショビショ」
「わかった、すぐに行く」
ぼくは、バックヤードに行き、ぞうきんとバケツを用意した。

現場に駆けつけてみると、団子屋さんの言うとおり、おいちゃんの寝ているベンチの下は、一面おしっこだらけになっていた。
ズボンの股付近が濡れている。
ぼくが「おいちゃん」と声をかけても、全然起きる気配がない。
しかたなく、ぼくはおいちゃんのおしっこの後始末をした。
そこにいたパートさんが見かねて、「ゴム手袋でもはめて拭いたらいいのに」と言ってくれたが、ぼくは「たかだか、小便やないね。別に毒薬を触るわけじゃないんやけ」と言って、ぞうきんを絞った。

閉店時間になった。
おいちゃんはまだ寝ている。
ズボンはまだ乾いてないようだ。
「おいちゃん。もう時間よー」
起きない。
ぼくは何度かおいちゃんの体を揺さぶっった。
ようやく目を覚ました。
しかし様子が変だ。
普段なら、ここで大声を上げて、「なんか、コラー!」とくるところだが、今日はそれがない。
「おいちゃん、店閉まるよ。早よ帰らな」と声をかけても、ボーっとしている。
おそらく、「ここはどこか?」などと考えているのだろう。
もしかしたら、「私は誰?」と思っているのかもしれない。
顔が腫れている。
声にも力がない。
高校生のアルバイトをつかまえて、「おまえはおれの子供だ」などと訳のわからないことを言っている。

何分か後に、おいちゃんは立ち上がり、ヨタヨタしながら店を出た。
外は寒い。
股の部分は濡れたままだから、応えるだろう。
ぼくたちは、「今からどこに行くんやろうか」「おそらく、警察やろう」「警察が自分の家ぐらい思っとるけね」などと言い合った。

さて、明日は朝一番に、おいちゃんが寝ていたベンチを拭かなければならない。
これが苦痛です。
臭かったからなあ。


夕方だった。
突然、聞き覚えのある怒号が聞こえてきた。
「こら、きさま~。なめとるんかっ!!」
お客さんの休憩所からだった。
ぼくは走ってその場所まで行った。
案の定だった。
聞き覚えのある声の持ち主は、酔っ払いのおいちゃんだった。
久しぶりの登場である。
おいちゃんは、ベンチで惣菜を食べながら、酒を飲んでいた。
「おいちゃん、何大きな声出しよるんね。他の人が迷惑するやろ」
「あ、大将。すいません。でも、子供が生意気なこと言うもんで」
おいちゃんの視線の先には、4.5歳くらいの小さな子が二人いた。
脇には二人のじいちゃんらしき人が座っていた。
「生意気なことっち、まだ子供やん。いい歳して子供相手にケンカなんかしなさんな」
おいちゃんは、「はい、すいません」と言いながら、また子供に向かって、「こら~! 前科者をなめるなよ」などと凄みだした。
「前科者やないやろ、小心者やろ。いらんこと言いなさんな」
「はい。もう言いません」
「本当やね。大人しくしときよ」
「はい、すいません」

ぼくの姿が見えなくなるまで、おいちゃんは静かにしていた。
が、ぼくが売場に戻ると、子供の泣き声がしてきた。
それから、今度は違う声が飛んできた。
「こら、きさま。子供を泣かせやがって! 表に出れ!」
「何を~!」
ぼくはまたおいちゃんのいる場所に走って行った。
おいちゃんに絡んでいたのは、子供のじいちゃんだった。
今度は人が入って止めていた。
じいちゃんには、娘が「お父さん、もういいけ帰ろう」と言っている。
しかし、じいちゃんの怒りは収まらない。
おいちゃんには店長代理が「おいちゃん、人に迷惑かけるなら出て行き」と言っている。
しかし、おいちゃんは言うことを聞かない。
「おれが悪いことしたか!」
ぼくが「人に迷惑かけよるやないね」と言うと、おいちゃんは「子供がこちらを見るけたい!」と言い返す。
「じゃあ、こっち側向いとったらいいやん」、とぼくは子供と逆の方向を指差した。
おいちゃんは黙った。
ぼくは、じいちゃんに「すいません」と謝ったが、じいちゃんはまだ怒りが収まらないのか、おいちゃんを睨みつけながら外に出て行った。

それからしばらくして、またおいちゃんの騒ぐ声が聞こえた。
が、だんだんおいちゃんの声は遠のいていった。
「どうしたんだろう」と思っているところに、店長代理がやってきて、「おいちゃん、逮捕されたよ」と言った。
「逮捕ですか」
「うん、あのじいちゃんが連絡したみたい。よっぽど頭にきたんやろうね」
「かわいい孫を泣かされたからですね」
「ま、これでまたいっとき来んやろ」
「案外、作戦やったかもしれんですね。今日は寒いけ、警察で寝たかったんやないですか」
「ああ、そうかもしれんね」

ところで、酔っ払いのおいちゃんは、いつも地下足袋を履いているのだが、その格好といい、頭の形といい、『あしたのジョー』に出てくる丹下段平に似ている。
これからは、矢吹丈ばりに「おっちゃん」と呼ばなければならない。
しかし、段平おっちゃんはボクシングの優秀なコーチだが、こちらのおっちゃんは何をコーチしてくれるんだろう。
強いてあげれば、酒のコーチか。
「立つんだ、ジョー」ではなく、「飲むんだ、しんた」となるわけか。
しかし、おっちゃんのように酒を飲みながら小便をちびる芸当は、ぼくには到底出来ない。
だめな弟子である。


最近また酔っ払いおいちゃんが来ている。
このおいちゃんは夏になると必ず店に涼みに来る。
そして、酒を飲み、他のお客さんを威嚇したり、店員に絡んだりしている。
一昨日は、お客さんが警察に通報したらしく、警察から事情聴取を受けていた。
昨日は昨日で、店内でタバコを吸ったらしく、店長からつまみ出された。
相変わらず大活躍しているようだ。

夕方、おいちゃんの声がした。
「なんか、こらぁ!!」、「きさま殺すぞ!!」などと言っている。
また始まった。
おいちゃんが怒鳴っている所に言ってみると、そこには若いカップルがいた。
どうもその二人に絡んでいるようだ。
「おいちゃん、何騒ぎよるんね」
「騒いでなんかないわい!」
「今、怒鳴りよったろうがね」
「普通にしゃべりよっただけたい」
「じゃあ、『殺すぞ!』とか言いなさんな。この二人に迷惑やろ」
「迷惑なんかかけてない」
「じゃあ、若い人の邪魔しなさんな。静かに座っとき」
「おう」
その後もしばらくしゃべっていたようだが、そのうち静かになった。

さて、閉店時間になった。
閉店準備をしに、出入口のところに行ってみると、まだおいちゃんがいた。
爆睡しているようだ。
ぼくと店長代理は、おいちゃんを追い出しにかかった。
「おいちゃん、起きり。もう時間よ」
おいちゃんは知らん顔して寝ていた。
「あんたがおるけ、店が閉められんやろうがね」
ぼくがおいちゃんの上半身を起こそうとすると、おいちゃんは起こされまいとして力を入れている。
「何ね、起きとるんやないね。早く出てくれんかねぇ。時間なんやけ」
するとおいちゃんは、壁を「バン!!」と力いっぱい叩いた。
そして、また寝た。
「おいちゃん、おいちゃん」
今度は死んだふりである。
「おいちゃん、いい加減にしときよ。そんなことするけ、新聞に『死んだふりをする』とか書かれるやろ」
おいちゃんは「死んだふりなんかしてないわい」と言いながら、起き上がった。
「もう時間よ」
「馬鹿じゃないんやけ、わかっとるわい!!」と、地下足袋のホックをはめだした。
しかし、そのまま固まってしまった。
ぼくが「また警察が来るよ」と言うと、おいちゃんは「何も悪いことしてないわい」と言う。
そしてまた寝た。

しかたがないので、店長代理と二人で、おいちゃんを担いで外に出すことにした。
が、体が小さいくせにに、このおいちゃんは重い。
まるで『子泣きじじい』である。
途中まで担いで、そこに下ろしてしまった。
それでもおいちゃんは寝たふりをしている。
また担ごうとすると、おいちゃんは目を覚まし、「一人で歩いていく。よけいなことするな」と言う。
そのままフラフラしながら、おいちゃんは店の外に出て行った。

台風の影響か、外はパラパラと雨が降っていた。
おいちゃんは、これからどうするんだろうか?
また自転車で、戸畑署に行って死んだふりをするのだろうか。
それを聞こうと思ったが、おいちゃんはそのまま自転車で立ち去っていった。


先日、酔っ払いおいちゃんが新聞で紹介されていた話を書いたが、あの記事のことが酔っ払いおいちゃんの耳に入ったらしく、おいちゃんはそれに気をよくし、有名人を気取るようになったということだ。
「私のことが新聞に書かれてましてねえ」などと言っているらしいのだ。
どうも『山芋掘りの名人』と書かれていたのが、いたく気に入っているようだ。

今日もおいちゃんを見かけたが、どういうわけか普段着ている作業着姿ではなく、カジュアルっぽい服を着ていた。
おいちゃんが店に来るようになって2年、初めて見る格好であった。

おいちゃんは、あの記事が『山芋掘りの名人』を褒め称える記事だとでも思っているのだろうか?
確かに『根気が必要な山芋掘りの名人』と、おいちゃんを立てている部分はある。
しかし、あの記事の主役は戸畑署の署員であって、おいちゃんではない。
先日ここにイタチのことを書いたが、おいちゃんの記事はその話によく似ている。
夜な夜な店に侵入しては、センサーに触れ、糞尿を撒き散らし、警備会社や我々店の人間はそのために右往左往している。
この場合の主役は、あくまでも迷惑をこうむっている我々のほうであり、決してイタチではない。
新聞記事の中のおいちゃんは、店内を荒らすイタチのような立場で書かれているに過ぎない。
決して、「『山芋掘りの名人』警察に現れ大活躍!」というものではなかった。
そのことを教えてやらないと、おいちゃんはまた調子に乗るだろう。

考えてみると、昨年もそうだったが、この日記は夏になると生き物や酔っ払いおいちゃんの話題がよく出てくる。
というより、この時期はぼくの関心がそちらのほうに向いているせいだろう。
おいちゃんのことは別として、テレビなどで生き物の特集をやっていると、つい見入ってしまう。
先日、『鉄腕!DASH!!』で八木橋の子供たちの映像や、アイガモが卵からかえるシーンが流れていたが、ぼくはなぜかそれを真剣に見ていた。
そういう動物たちに、何かすごく憧れのようなものを感じるのだ。
彼らは誰に教わったわけでもないのに、ひとりで出産したり、卵を温めたりしている。
元々生き物には、そういうことがインプットされているのだと思う。

それを考えると、人間はなんと情けない生き物なんだろう。
何事も、他人から教えてもらわないとやっていけない。
他人の力を借りないとやっていけない。
機械の力を借りないとやっていけない。
そういうことは、すべて「人間は偉い!」と思ったときから始まったのだと思う。
しかし、「人間は偉い!」と思うことは間違いである。
いや、勘違いである。
他の動物がひとりで出来ることを、人間は一人では出来ないのだから。
もしかしたら、いつかこういう甘えたシステムを変えなければならない時期が来るのかもしれない。


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